彩事季 ー 2021年を振り返る

2021年12月1日 FF-Staff 0

2021年を振り返る 今年最後の彩事季はなるべく明るい文章を書こうと思っていたのだが、こうもコロナ禍が長引くと避けて通るわけにもいかず。2021年を振り返ると、ワクチン接種の1年だったと言える。約2年も待ち続けたワクチンを打つ時は、「ようやくこの日が来たか」と思わず呟いた。しかし、そもそもワクチンは完全な予防法ではないし、今のヨーロッパの感染再拡大の現状を見るとなんとも言えない。日本では随分と新型コロナウイルス陽性者も減って、日常が戻りつつある。このままなら平和な2022年になりそうだ。ただ、これはあくまで“コロナ鎖国”をやっているからであって、これから国の関所の門を開け、自由に行き来ができるようになるとまた増加することは間違いない。 それにしても、各国ワクチンを打って世界も随分平常に戻りつつあったのに、また増えるの? そろそろ3回目を打つの? 一体なんなのだろうか。未知のウイルスに人類が手探りで挑むのはしょうがないが、長引けば長引くほど「それってなんかおかしくないか?」と感じることもある。 大半の人は、世の中の流れでワクチンを接種しただろう。自分もそうだ。ところが今、2回接種した人のブレイクスルー感染がどんどん増えている。あるクラスター発生で感染した人の7割以上が、すでに2回のワクチンを打ち終えていたという例もある。おいおい、意を決して2回打ったのに効果薄いんかい! 慌てて作ったワクチンの効力はそんなものなのか。そしてウイルスの変異は続いている。デルタの次はオミクロン……永遠にいたちごっこだ。「また変異したので、今度はこれです!はいどうぞ!」って、これから我々は変異のたび、何種・何本のワクチンを打つことになるのだろうか?また、今後ワクチンパスポートなる首輪のようなカードを持たされるかもしれない。海外旅行はもちろんのこと、日本国内の様々な施設や、下手をすればレストランでさえ提示が義務付けられる可能性もある。ワクチンパスポート反対デモは世界中で起きているが、すでにアメリカは義務化されそうな気配だ。そもそもワクチン接種は個人の判断で決められるはずだ。ワクチンを打って安心する人もいれば、安全性を信じられない人がいても当然だし、身体的な理由で打てない人もいるだろう。それはワクチンの信憑性と信頼性にある。今回は状況的に、十分な検証がないままの見切り発車となったのだから、なおさらだ。あくまで個人的妄想も含んで書くが、例えばSF的に、このウイルスが人工的なものだったと仮定してみよう。どこぞから発生したウイルスは、細菌兵器開発のツケと罰として思わぬ状況をもたらす。その裏で、これ幸いと進んでいる密かな計画がある……そんな風に想像することもできなくはないわけだ。 今、日本では不思議なほど急激に感染者が減った。理由は定かではない。ただ、これだけ減っても日本人は真面目にマスクをして外出している。きっと手の消毒やうがいも、変わらずにやっているだろう。文化や生活習慣の違いも大きいが、海外ではサッカー場でも野球場でも観客はほぼマスクをしていない。日本の観客は今もマスクをしている。兎にも角にも、感染者が減ったのは、この真面目な国民性ゆえだと思う。11月、そろそろまた日本関所の門を少し開けようかという時に、オミクロンの登場でまた門を閉ざすことになった。開けたり閉めたり大変だ。こうなったらもう、外国とのビジネスは基本的にリモートでいいのではないだろうか? 最近よく言われるデジタルトランスフォーメーションも、急激に加速させたのはコロナだった。今後は、移動のないグローバル社会が可能になるだろう。日本の現状を守りたいなら、“上手な鎖国”が必要だ。日本は多くを輸入に頼っているから完全な鎖国は無理としても、物流だけならそうそうコロナも拡散しないだろう。また世界中で感染者が増えている今、我々はこれまで通りにマスク・手洗い・うがい、このルールをマメに続けよう! マメさでコロナをやっつけよう! 2022年の日本が、コロナのない国になりますように。

彩事季 ー 若者世代へのメッセージ

2021年9月1日 FF-Staff 0

若者世代へのメッセージ 我が母校の創立記念祝賀会での講演を頼まれた。だが講演なんて歌うより難しいし、普段していないことなので丁重にお断りして、ビデオでお祝いの挨拶を送ることにした。とはいえ何か立派なことを言わないとなぁ。高校生かぁ……15歳~18歳の若者に何を言おうか。オヤジの退屈な挨拶にならずに、これからの人生に“ためになる話”ねぇ……。実は時々こうして「若者へのメッセージを下さい」と頼まれることはある。そんな時はいつも「夢を持とう」と言うことにしている。出た出た、と言われそうな一見ありがちなセリフだが、なぜ夢が必要で大切なのかを説明するようにしている。 その前に「なぜ君たちはこの高校へ進学したのか?」いずれ社会へ出る準備として学ぶ、それが進学の本来の目的だろう。とはいえ、学生時代に人生の明確なビジョンなんて持っていないのが普通。自分も日々、その場の楽しさやラクな方を選んで生きていた気がする。その学生時代はあっという間だ。自立心が生まれる中学あたりからが本当の意味での学生時代だとすると、中学3年間+高校3年間+大学4年間=長くても10年ほど。一方で、20歳前後で就職して65歳定年だとしたら社会人期間は約45年間。定年後も働くならもっと長い。後から振り返ると、学生時代は実に短いのだ。だから大切にしてほしいキーワードを3つ話そう。 「夢」人生には地図がない。どこへ行こうと自由である。だが未来はあまりに広く漠然としていて、どこに進んでいいのかも分からない。そこで道標になるのが「夢」だ。最初は好きなことが夢になりやすい。好きなことなら楽しく学べる。スポーツ選手やアニメーター、ミュージシャン……もっと知りたい、もっと上手くなりたい!と努力できることなら何でもいい。もしシェフになりたいなら、進む方角はある程度明確になる。その先で道はまた枝分かれする。フレンチ、イタリアン、日本食、パティシエ…etc. ここでもやはり「夢」が人生の道標になる。同じ夢を抱く仲間や友人が増えてゆく。夢はコミュニケーションの輪を広げてくれるのだ。さらに、夢は大きくという意味では「君が立っている場所は世界へ繋がっている」とも言える。先日の東京オリンピック女子柔道で金メダルを取った素根輝選手は、南筑高校柔道部から世界一になった。出会いや別れを繰り返し、結婚や子育てなど人生を歩む中で、夢は大なり小なり形を変えてゆく。たとえ当初望んだ形で叶わなくても、そこまでの努力によって別の夢が見つかったりもする。 「社会とは」学校から社会に出る時には、どんな職種のスタート地点に立つのかも重要だ。でも学生にとっては、まだ「社会」というものが漠然としていてピンとこないだろう。社会とは、人と人があらゆる繋がりを持つことで形成されている共同体のこと。例えば、地域の巨大ショッピングモールを想像してみてほしい。子供の頃から、家族とモールへ行くことが楽しみだった人も多いのではないだろうか。そこには多くの会社や店舗が関わっており、大勢の人が働いている。それぞれの店舗に商品があり、販売スタッフ、管理する社員、経営者がいる。衣食住に関わる店をはじめ、旅行会社、スポーツジム、銀行、クリニック、ゲームセンター、映画館なども入っている。建物内を警備や掃除する人もいるし、モールを建てた建設会社や設備管理の会社もある。そしてモール全体を経営している会社があり、その支店や本社がある……このように、異なる職種が技術や経験を持ち寄り、全体としてひとつの形を成している。つまり、モール自体が“小さな社会”と言える。「では、もしあなたがショッピングモールで働くとしたら、どの仕事をしたいですか?」これが職種を考える・就職する、ということだ。アルバイトですぐにできる仕事もあれば、勉強や資格取得が必要な仕事もあるだろう。就きたいポジションによって、必要とされる能力や努力の度合いも異なる。 「愛とは」「夢」「社会」と来て、最も大切なのが「愛」だ。これがなんとも説明しにくい上に、愛という単語を使った途端に胡散臭くなってしまう。でも実際、愛がすべてだ! 唄の歌詞のようだが、本当にそれが一番大切なのだ。世界はさらにデジタル化が進み、人は今まで以上にパソコンやスマホに依存する。コミュニケーションすらスマホを通すことが主流で、人間の感情も機械のようにクールになってしまう。いつでもどこでも誰かと繋がっているはずなのに、孤独を感じている人は多い。本来なら直接の触れ合いで生まれるはずの「愛」が、薄れているからだ。日本は近年、引きこもりや自殺が社会問題になっている。そして毎日のようにどこかで事件が起きている。中でも「誰でもいいから殺したかった」という無差別殺人が起こる理由は、その人の心から愛が完全になくなってしまったからだ。世界のどこにも、愛せる人も愛してくれる人もいないと感じてしまう。自分を想ってくれる人、自分のために喜ぶ人も悲しむ人もいない。過去も現在も未来も、自分の中に愛を見出せない完全な孤独。そうなると生きている意味など感じられず、感情が歪み始め、社会や他人のせいだと被害者意識を持ってしまう。挙げ句の果てに事件まで起こしてしまったりする……。愛がなくなるというのは、本当に怖いことなのだ。周りに大切な人がいるからこそ、心が優しさや道徳に守られ、今を頑張って生きてゆこうと思える。愛ある自分でいるためには、やはり夢が関係してくる。夢を持ち、社会と繋がっていることが大切だ。夢があれば、自然に行動する力が湧いてくる。行動すれば社会との繋がりが生まれる。人と人を繋ぐコミュニケーションこそ愛であり、愛はコミュニティの土台でもある(我々FFも、小さいながらも“愛のコミュニティ”として社会と繋がっているわけです)。 というわけで、「夢」「社会」「愛」。学生にはこの3つのテーマを伝えたいのだが……なんだかすでに随分退屈なオヤジの話に聞こえる。クールな若者たちにこの話をどう伝えればいいのか、それが一番の問題ですなぁ~。いっそ音楽に乗せた動画をQRコードにしてGetさせた方がいいのかもな!

彩事季 ー 三感一体

2021年6月17日 FF-Staff 0

三感一体 朝の日課は散歩だ。家を出たら、まず公園の大きな木を見上げて背伸びをし、深呼吸する。その木はいつも新緑のようなライトグリーンの葉を生い茂らせていて、その隙間から空と朝の光がキラキラと溢れている。「ああ、なんて気持ちがいいんだ」。こうして一日が「気持ちがいい」で始まる。なぜ、気持ちがいいと感じるのだろうか。例えば、お風呂、マッサージ、スカッとするようなこと、美しい自然のある場所へ行った時、Make love…etc. 触覚そして視覚聴覚といった、五感刺激の組み合わせで呼び起こされる感覚なのかもしれない。また、人には、幸せな気持ちをもたらしてくれるいくつかの感情がある。「嬉しい」という感情は、どういう時に生まれるのか。例えば、思わぬサプライズ、欲しいものが手に入った、大好きなものを食べられた、好きな人と会えた…etc. 主に直接的な接触から感じることが多いように思う。「楽しい」はどうだろうか。例えば、気心の知れた親しい友人や恋人と一緒に過ごす、趣味に没頭する、一人で自由にダラダラと過ごす…etc. 自分の好きな時間を過ごすことができている状態。 「気持ちがいい」「嬉しい」「楽しい」人はこの3つの感情を得たいがために日々努力し、それが心のエネルギーになって、また明日からの日々を頑張ろうと思うのかもしれない。 それでは、これら3つの感情が合体した時はどうなるのか。場合によっては声を上げるくらい興奮したり、感極まり涙することだってある。三位一体ならぬ「三感一体」。これほどの至福はないだろう。自分にとっては、どういうシチュエーションで感じられるだろうか。例えば、長期休暇で家族と海外旅行に行って、美しい海を眺めながら、なぁ~んにも考えずに美味しいランチを食べて昼間からワインでも飲んでいる時間。派手さというより穏やかなシチュエーションだが、想像するだけで「ハァ~、そこへ行きたい!」と、ため息が出る。まさに先ほどの「美しい自然のある場所」で「気心知れた人」と「好きなものを食べ」、何も考えずに「自由な時間を過ごしている」時である。 他にもないだろうか、と考えてみて、ふと気付いた。ん?! ひょっとすると、コンサートは「三感一体」を満たしているのではないのか? まず、コンサートツアーは気の合う仲間との旅である。しかも観客という、自分を待ってくれている人たちに会いに行くのだ。本番は「歌う」というパフォーマンスで魂を発散し、全身を使い、それを大勢の人に伝えるから心身ともに気持ちがいい。会場には我が同志FFメンバーが大勢いて、気心の知れた関係だ。FFメンバー側の視点で考えてみると、フミヤが東京から会いに来る、そこに会いに行く。会場では、久しぶりのF友にも会える。歌を生演奏で聴けるし、綺麗なライティングと大きな音響システムの空間で、日常を忘れてキャーキャーワイワイ騒げる。そこでは演者と観客みんなのエネルギーが一体化し、身も心もエネルギー超満タン! 自分へのお土産にツアーグッズもGET(まいどあり!)。終わればF友と一緒に、ああだこうだと盛り上がりながら食事。帰宅し、余韻に浸りながら心地よい眠りにつく。「明日からまた頑張ろう…ムニャムニャ」そう呟いて爆睡。場合によっては、夢の中まで私がお邪魔するかもしれない。おお、これは三感一体をほぼ網羅できているのでは? こうして考えてみると、やや手前味噌ではありますが、やはりコンサートはお互いの心と人生を豊かにするために必要不可欠なもの。そう言えるのではないだろうか。

彩事季 ー FFデジタルコミューン

2021年3月15日 FF-Staff 0

FFデジタルコミューン ビフォーコロナ、アフターコロナ。将来、人類の文明進化は2021年あたりで分けられているかもしれない。今がまさに人類総デジタル化の分岐点なのだ。デジタルトランスフォーメーションが始まる。今や彩事季も、パソコンやスマホで読んでもらえるようになった。ファンクラブもハイテクになったもんだ。テレフォンサービス「One Line」をやっていたアナログ時代が懐かしい。 今から28年くらい前、ソロ活動を始めてすぐの頃のこと。当時の私は、周囲よりかなり早い時期に趣味でコンピューターを使い始めた、ハイテクな人間だった。世の中からも、そういうイメージを持たれていた。今のアナログな私とは大違いである。 そして、ファンクラブのためにデジタルコミューンを作るというアイデアを持っていた。インターネット上に存在するバーチャルな街。そこにハイテクなデザインの住居や劇場やショップなどが立ち並ぶ、デジタル複合施設というアイデアだ。まだ誰もやっていないことだったので、夢はどこまでも膨らんだ。 ビジュアルイメージは、ガンダムのコロニーのような、宇宙に浮かんだ未来都市。システムとしては、まずFFメンバーに自分のROOMを購入してもらう。そこには個人が写真や動画、文章などのデータを保管できる。家賃はメモリ容量によって異なる。今で言うところのクラウドの発想だ。ROOMは内装や家具などのアイコン・アイテムソフトを購入することで、自由にデザインできる。これはビジュアルを楽しむゲーム的な発想。複合施設のエリアには、コンサートや番組を視聴できるホールやスタジオがある。いわばYouTubeのようなもの。そして、さまざまな雑誌や写真、文章を閲覧できるライブラリー。これはGoogle検索のような発想だ。さらにファッションや雑貨、そしてもちろんチケットを買える店舗。つまりオンラインショップ。そして、FFメンバー同士のコミュニケーションの場となる集会所。そこにはもちろん私もいて、みんなでいつでも集えるセントラルホールがある。モスクのような巨大で立派な建造物の中央に、偉そうに私がいる。SFみたいでかっこいいでしょ? これは今のcomu comuや一般的なSNSに当たるものだろう。 この超ハイテクなコミュニティシステムは、今考えても素晴らしいアイデアだったが、なにぶん少し早すぎた。途方もない夢の話には、残念ながら誰も乗ってこなかった。ドラえもんのような未来の夢の話に聞こえたことだろう。それに実際に作るとなると、かなりの資金もかかったはずだ。 一方で、すでにそんなアイデアが実現可能と考えていた人たちも世の中には存在した。初期のIT企業を立ち上げた天才たちだ。やはり思ったことをすぐ行動に移し、形にできる人間が成功してゆくのだろう。もし当時、自分で投資してコミュニティシステムを作っていたら、今ごろIT企業の大社長になっていたかもしれない。それはもう驚くほどの大金持ちに! ワッハハ! そうなったら、今みたいに歌って踊ってる場合じゃない。まぁITの社長にはなれなかったが、それで良かったのだろう。歌っている方が気が楽である。 FFデジタルコミューン構想は、当時においては斬新なアイデアだったが、今ではほぼインターネットで普通にできることばかりだ。個人のROOMとなるクラウド、映像や写真や文章を楽しめるライブラリー、充実したオンラインショップ。それができれば、このアイデアはほぼ実現したと言っていい。となると、すでに今のファンクラブも、それに近付いていると言えるのではないか。さすがに自社システムとなると巨大なサーバーが必要になるし、多くのタレントを抱える大手プロダクションなら事業としてやる意味もあるかもしれないが、FFは今のところ、現状のシステムで充分な気がする。 いずれにしろ今後も多くの技術やシステムが生まれ、安価で簡単に使えるようになってゆくだろう。FFも最新の便利なシステムにちゃっかり乗って、少しづつ進化してゆけばいい。我々はそれくらいのスピードで、アフターコロナのデジタル化の波に乗っていこうではないか。FF会員の皆様! それでよろしかったでしょうか?

saijiki

彩事季 ー 何が変わる?

2020年12月15日 FF-Staff 0

何が変わる? もうすぐ2020年も終わるが、まだまだ新型コロナ騒動の真っ只中だ。人生の中で、すっぽり抜け落ちたような1年だった。とはいえ人生の記憶、そして人類の記録に残るような1年でもある。 この1年で、人間の営みが大きく変わってきた。さまざまなことのオンライン化が急激に進んだ。多くの会社や学校はある程度オンラインで事足りるし、それがスタンダードになってゆくのだろう。通勤通学や無駄な会議にかかっていた時間は削減され、自分で自由に使える時間となる。私の事務所も今後はリモート中心となり、スタッフが毎日出社する必要はなくなりそうだ。自分も、自宅にいながらリモートで多くの仕事ができることに気付かされた。この1年、家にいる時間がほとんどだったので、家族の絆も強くなった。顔を合わせる時間が多い分、サザエさん一家のように会話も増えた。 日本の総理大臣も代わり、菅政権は日本のデジタル化を急速に進める方針でデジタル庁を新設。今後さらに多くの物事がデジタル化され、我々はより一層AIに監視・管理されることになる。日本はハイテクな先進国だと思っていたが、そうでもなく、デジタル化は世界の中でも遅い。デジタル競争力ランキングでは世界27位。超高齢社会で、血の通ってないようなクールさやハイスピードに馴染めない人が多いためだろう。 勤勉な日本人は、家庭より仕事優先という考えに慣らされ、手懐けられてきた。なのに働いても働いても日本全体が豊かになった気がしないのは、きっと心が豊かになるような社会の仕組みになっていないからだろう。世界の幸福度ランキングで日本が62位というのにも表れている。会社や社会への貢献も大事だが、もっと働くことが個人の幸せに繋がる社会構造にはならないものだろうか。世界が生み出す富の約80%は社会を牛耳る1%の大富豪のもので、残りの20%を99%の人類で分け合っているそうだ。1%の大富豪たちが、もっと人類と社会に貢献して地球を良くすればいいのに…  そんなにいっぱい持っていても、生きてるうちに使い切れないだろうにねぇ。しかし、経済学者の~最後の答えは~どうやら世界は~貪り続ける~…である。戦争が常になくならないのがその証拠だ。 まぁ人生にはお金も大事だが、お金ですべての心や幸せが買えるわけではない。せめて我々はそう信じよう。社会が変わらないのなら、自分たちでそれぞれに幸福度を上げるだけだ。自分は幸せだ、と思えるような環境を整えればいい。変化の時なのだから、コロナという未曾有の経験を無駄にせず、仕事の仕方や家庭内など生き方を見つめ直そう。 いずれコロナは収束し、以前のようにマスクなしで生活できる日がやってくるだろう。でも世の中は以前の状態に戻るわけではなく、新たな形に変わっている。その時、自分はどう変わってゆくべきか? 何も変われなかったら、このコロナでの苦労が無駄になってしまう気がする。何をどう変えればいいのか、社会の変化に徐々に適応してゆくしかないのだろうか。そう思ってよくよく見直してみれば、すでに自分の環境は変わってきている。コンサートの配信をやるようになった。コンサートで声を出せない静かな客席にも、徐々に慣れつつある(まぁこれはいつか元に戻るだろうけれど)。ツアーグッズは会場で並ばず通販で買える。会報もデジタル化。そもそも以前からチケット販売などはオンライン化していたし、SNSなどでの情報発信もしている…etc. 気付けば、我々も徐々に変わってきていたのだ。しかもFFのみんなは、新しい環境にすぐ順応している。その速さは、ファンという精神こそが持つパワーなのだろう。君たちは本当に凄いよ! もはやアナログな私は、そんな君たちに付いていきます。

青空と武道館ライブ

彩事季 ー My Life & My Way

2020年9月1日 FF-Staff 0

My Life & My Way 新型コロナウイルスが教えてくれたものは、何だろう。 人生で、こんなに長い休みをもらったのは初めてだった。休みとはいえ、どこにも行けず、誰とも会えない。コロナで生まれた“Stay Home”の言葉通り、ほぼ2ヶ月間は誰とも会わず家族だけで過ごした。これも初の出来事である。家族が仲良しでよかった。 メディアはコロナ報道一色だったが、情報を断つと、驚くほど綺麗な青空に春の花の香りが漂う、平穏な日々だった。時間を持て余しながら、贅沢にだらだら過ごした。家の中で楽しめることやできることは限られる。最初はインドアな娯楽や趣味に向かってみるものの、それにも飽きて、身の回りを整理整頓し、無駄な物を捨てまくった。 さらにやることがなくなると、思考は次第に内面に向かう。自分自身を見つめ直し、過去と未来を考える時間となった。今、自分がいるポジション。ここからどう進み、どう生きるべきか?年齢は切実に考慮しなければならない。気持ちだけでは突き進めないこともある。多少無理をすればまだまだ行けるが、このまま引退してもおかしくない年齢でもある。若くもなく老け過ぎてもいない微妙な年齢だけに、シーソーのように心が揺らいだ。 社会はコロナを経験し、人々の価値観は根底から変わった。Stay Homeで世の中の時間が緩やかになると、個人的には、むしろこのぐらいで丁度いいとも感じた。今までが忙しすぎたのかもしれない。なにしろ、この国自体がずっと多忙で来ている。世界経済のトップテーブルに座り、カードを配られた以上、今さらゲームから降りることはできないのだろう。国の在り方についても考えさせられた。国政は国民に何をしてくれたのか。この国の政治は優秀なのかどうか。そもそも国政が自分を幸せにしてくれるわけではない。いろんなことが露わになった。 誰もが幸せになるために生きている。幸せとは、朝起きて大きな悩みもなく、カーテンを開けて背伸びをして、さぁ今日も頑張ろう! そんな日常だと思う。今まではそれが当たり前すぎて、つい不平不満を言いながら生きていた気がする。コロナ騒動で、空気のようにそこにあった幸せが突然失われた。自由に人に会えない、話せない、出かけられない。仕事や収入が減る、なくなる。世界中の人が、それを同時に経験した。 自分の職業はシンガーだが、今回コンサートツアーが中止になり、先もまだ見えぬ状況。初めて、コンサートという仕事がどれほど自分に幸せを与えてくれていたのかを痛感した。なんて最高な職業だったのだろう。FFの存在は、心の支えだった。SNSやインターネットでFFメンバーと繋がることは、安心や癒しとなって不安を緩和してくれた。しかも、中止になったコンサートのグッズをネットで買ってくれるなんて! なんていいメンバーなんだぁ~。涙ウルウル。 自分の今、過去と未来、希望や夢、そして周りを取り巻くあらゆるものを繋ぐものは、歌だ。私の幸せは、やはりステージで歌うことに尽きる。早くバンドと一緒に音を出し、コンサートスタッフに会いたい。早く観客に、FFのみんなに会いたい。早くステージの上で、全身全霊フルパワーで歌いたい。 コロナは、今まで自分がいかに幸せな場所にいたかを教えてくれた。ステージの上に戻ること、それがMy Life&My Wayである。あの場所へ、早く帰りたい。