F-BLOOD SPECIAL ISSUE/ライブレポート  

2022年12月16日 FF-Staff 0

F-BLOOD 25th Anniversary TOUR 2022 LIVE REPORT at 2022.11.13 中野サンプラザ 25周年を迎えたロックンロール・ブラザーズ アルバム「Positive」リリース後のツアーが新型コロナウイルス蔓延の影響で中止となり、新たに開催された「25th Anniversary TOUR 2022」。ツアー中盤・中野サンプラザ公演2日目の様子を、兄弟MCを中心にお届けしよう。もちろんネタバレありなので、万一まだライブを観ていない方は後日お読みいただくのもアリ。さらに12月25日の最終日はライブ配信も決定しているので、ぜひ復習も楽しんで! F-BLOODのロゴを掲げたステージに、藤井兄弟とバンドメンバーが登場。1997年の1st.シングルリリースから25年。兄弟それぞれの活動を続けながら、ゆるくマイペースに行われるユニット活動。待ち兼ねた観客が大きな拍手で迎える。フロントに並ぶ二人の姿そのものが嬉しい。オープニングを飾ったのは、「BLOOD #1」「BLOOD #2」。ユニット名である藤井家の血。ソロとは違う、このサウンド、ハーモニー、そして空気感。一瞬にしてF-BLOODワールドに包まれる。歪んだギター、骨太なドラムとベース、曲により多彩な音色を乗せるキーボード。ソロでも多様なスタイルのコンサートで楽しませてくれるフミヤだが、唯一のユニットであるF-BLOODは、本人もファンも楽しみで大切にしている活動だ。続いて『「I」』。照明の赤と青が、動脈と静脈のように強いコントラストを見せる。藤井兄弟に流れる血液型Fの血は、すでにファンにも流れている。総立ちの客席は、二人のハーモニーとロックなサウンドに身体を委ねる。フミヤは天を指差し、ラストは手を広げて歌い終えた。今回は座席制で、これまでのスタンディング形式とはまた違う雰囲気が楽しめる。なお、この日の衣装は黒地だが、公演により数パターンをローテーションしている。3曲目は「未来列車」。ホッと安心するような、ホーム感あるナンバー。新たな扉を開ける歌詞は、ライブの導入にもぴったりだ。フミヤは赤いタンバリンを手に、尚之は白黒のギターを抱いて、爽やかなハーモニーを重ねる。柄を映し出すライトがくるくると回転し、ステージを彩る。サビでは観客が手を伸ばし、クラップも小気味よく揃った。ステージ背後の「F-BLOOD」ロゴが、シンプルなセットに映えている。ステージセットは直線を三角形に組み合わせた鉄骨、そして照明によって空のようにも錆びたスチールのようにも見える布使いで、曲により表情を変える。尚之がギターをサックスに持ち替え、リードボーカルをとる「ファイト!」。生きていれば日々いろいろある、でもポジティブに乗り越えていきたいし、カッコつけることは忘れたくない。そんな主人公を演じ、曲中にポケットからコームを取り出して髪を撫でつける。勢いのあるロックなボーカルに、フミヤが高音でコーラス。尚之「頑張りまっす〜!」フミヤ「頑張れ!」の掛け声からサックスソロへ。ピンク×黄色のライトがポジティブなカラー。会場はノリノリで応える。曲が終わってフミヤが次の曲のスタンバイをする間、先にMCを始めたのは尚之だった。 尚之(以下N):こんばんは。F-BLOODでぇございやす!(場内拍手)まあ、お座りください。久しぶりのF-BLOODの活動なんですけれども。皆さんご承知の通り、コロナというとんでもないことが起こってしまい、えー……前のアルバム、何でしたっけ?フミヤ(以下F):前のアルバム、えーとね、「Positive」。N:あ、そう。「Positive」だ(笑)。アルバムを出して、さあツアーを回ろうぜ!って時に、コロナでね。F:中止になりまして。グッズは作ってたんですけど、優しい人たちが買ってくれたんですね。ありがとう。お世話になりました!N:その分、今回のツアーで我々は鞭打ちながら頑張っております。(拍手)F:中止になって、2年ぶりにやっぱりやろうっていうことになったら、運良くちょうど25周年。N:そう。25周年でアルバム4枚!(笑) ねー。大したもんだ(笑)。F:大したっていうか、だいぶサボったんです。N:先の短いっていうか、もうあんまりないじゃないですか、我々。なので、どうやってその……F:(お互いを指して)会話って、もっと受け渡しするんだよ。普通(笑)。N:いや、だから俺はお客さんに話してる。まあでも、確かに兄ちゃんと、こうやって見つめ合って話すことはないよね。F:なんか微妙な漫才コンビみたいになってるよ。まあ、尚之が作曲して俺が作詞したものはF-BLOODというカテゴリ。今後もうずっとやっていきますんで。N:若い時の作品とかも当然あるわけですから。若い時の作品って、若い時しか作れないと思うんですよ。F:尚之は、次の曲に行こうという気があるのか?(笑)N:ああ。すいません。久しぶりなんでね。F:久しぶりじゃない、昨日やったばっかりだよ! 今回は尚之がよくしゃべってます。それではいろんな曲やるんで、楽しんで帰ってください。それでは尚ちゃん、用意はよろしいですか? チェッカーズのナンバーから聴いてください。 演奏はバッチリ合うのにトークでは微妙にズレながらの兄弟節に、客席は終始笑顔。ドラムの8カウントが、二人を瞬時にミュージシャンの顔に戻し、「Blue Moon Stone」へ。弾むベースラインに身体を揺らす客席。続く「君を探しに」では、フミヤがハンドマイクでステージ左右へ。モニタに足を掛けたり乗ったりと、ホールでありながらF-BLOODらしいライブハウス感が溢れる。「How are you […]

F-BLOOD SPECIAL INTERVIEW #2

2022年12月16日 FF-Staff 0

デビュー40周年の藤井兄弟が語るあんなこと、こんなこと お待ちかね、藤井兄弟スペシャルインタビュー後編をお届け!F-BLOODツアーを振り返った前編とは趣向を変え、デビュー40周年を迎える想いを中心に、ファッション・東京・音楽についてもフリートークを展開。笑いあり深みあり、 “今の藤井兄弟”の魅力あふれるロングインタビュー。二人の醸し出す空気ごと、たっぷりお楽しみください。 ●40周年を迎える想い ———2023年はお二人にとって、デビュー40周年の年となります。それぞれの想いを聞かせてください。 フミヤ(以下F):40年もこの業界にいて音楽で生きているなんてこと、俺自身はまったく想像していなかった。それこそ若い頃には50で引退してると思ってたのに、まさか武道館で還暦を祝ってもらっているとは。しかも、活動してはいても先細りする人も多いのに、それもさほどないまま今までやってこれたことに驚くね。これは本当に、みんなが応援し続けてくれているからこそだよ。しかも現状、こちらが届けたいものとお客さんが受け取りたいものが、ちょうどいいバランスだと感じてる。俺がやっている音楽や伝えたいメッセージというのは、ホールクラスの会場向きなんだよ。だから最大でも武道館ぐらいがギリギリで、あれ以上大きいと伝わりづらいかもしれない。ホールツアーは本数が必要になるから、実は大箱より体力的には大変なんだけどね(笑)。やれるうちはいくらでもやっていくよ。尚之(以下N):ライブをやり続けるというのは大事なことだよね。今回のF-BLOODツアーも、まだあと何本かやりたい感じがあったし。我々がこれだけ長く音楽をやれているということは、聴いてくれる皆さんがいるから。もちろん本人の努力というのもありはするんでしょうけれど、自分だけでできることじゃない。俺らは、基本的に音楽というレールからはみ出ることなく進んできたんでしょうね。まあ多少脱線したことはあるかもしれないけど、軸足はずっと外していないという。例えば兄ちゃんはアクター系の仕事もやったことはあるけれど、音楽から離れることは一切なかった。ミュージシャンでも、映画とかドラマをきっかけに俳優業が増えて音楽を離れる人も少なくないじゃないですか。F:それはあるな。俺も尚之も役者の仕事をしたことはあるけれど、むしろそこはどんどん外していったもんね。若い頃からいろんなことをやってきたけど、すでに歌一本というのが明確。自分は完全に音楽が仕事であり、歌で食べているという意識がものすごくハッキリしている。基本的に音楽以外のことは、あくまで付随したものだと思ってるから。N:自分に関しては、そこは多少ブレたところもあったかもしれない。もし早くから脇道に逸れずにサックスを武器として絞っていれば、もっと極められたのかもしれないと若干思わなくはないけど。楽器をやっている人間というのは、どうもいろいろやってみたくなりがちなんだよね(笑)。でもそんなの、実際やってみたらどうだったか分からないし。もちろん今はもう、基本であるサックスを大切に、しかと最後までやり遂げようと思ってますよ。F:尚之はミュージシャンだからね。サックスも吹くし、ギターも弾くし、それで曲も作るし。俺はボーカリストとして、今の俺のままでよかったかも。もし頑張って途中からピアノを弾けるようになったりしていたら、作詞作曲するようになったりして、ボーカリストというよりシンガーソングライターみたいになっちゃってた気がするんだよね。そしたらパフォーマンスも今とは変わっているはずだし、なんだか半端な気がする。自分はあくまでボーカリストでやってきてよかったと思うよ。N:サックスの技術に関しては、自分より上手い人はいくらでもいるわけですよ。でもそういう人たちは、俺みたいなポップなジャンルの音楽はやっていないし、こういうアーティストにもならない。だからこれはこれで、自分が好きでやってきた音楽から背伸びせずに、デビュー以来、好きなジャンルをやれていると思いますね。F:俺は一度就職したけど、尚之は高校卒業してすぐデビューだもんな。就職先がチェッカーズ(笑)。 ———すごいですよね。就職先が「株式会社○○」とかじゃなくて「チェッカーズ」(笑)。 N:そうです。他の仕事はまったくしたことがないし、できません(笑)。 マネージャー:東京への憧れは、フミヤさんが一番強かったんですか? F:そうだね、俺が一番強かったと思う。デビュー前から東京に遊びに行っていて、渋谷や新宿も知っていたから余計にね。東京で最初に歩いた街は、新宿だったはず。東京駅で新幹線から中央線に乗り換えて、新宿のアルタ前に行ったんだよ。街頭ビジョンを見上げて「あっ、ここがテレビでよく見る場所か!」みたいな(笑)。東京では面白いところばっかり案内してもらって、もう楽しいものしかなくてさ。東京に住んでいる同世代の学生たちは、みんな遊んでいるようにしか見えないわけ。原宿の洋服屋でバイトしてる子たちとか、うらやましかった。なんで俺は東京の学校に行かなかったんだろうって、ジェラシーみたいなのもあったね。俺は子供の頃からファッションが好きだったけど、服やファッションのプロになれる道があるとか、専門学校や大学で好きなことや面白いことを学べるという選択肢があるのを知らなかったから。N:大学に行くという選択肢は最初から意識していなかったよね。やっと高校を卒業できたのに、さらに勉強するのかよっていう(笑)。田舎だったというのもあるし、時代的にもそうじゃないですか。F:大学って、経済学部とか商学部とか難しそうな勉強するだけだと思っていたし、美大という存在もよく分からなかったから。まあ、歌で生きてきた今となっては、他の道は知らなくてよかったのかもしれないけどね。 ●ファッション ———では、ここからいくつかのキーワードでお話を伺っていきます。まず、「ファッション」について。チェッカーズは斬新な衣装で日本中にインパクトを与えましたが、そもそもフミヤさんは子供の頃からオシャレが好きだったのですね。 F:そう。俺は、小学生の時からファッションが大好きだった。テレビの影響で、フィンガー5とか西城秀樹さんみたいな当時のアイドルの姿に惹かれて、「あんな服を着たい」と思ったんだよね。そうか。実は俺、アイドルに憧れていたのかもしれないな。今さら気付くっていう(笑)。N:で、そういう人たちがテレビで身に着けているような服なんて店で売ってないからって、自分で作ってたんだよね。F:そう。ないなら作ろうと。アメフトのユニフォームみたいに数字の入ったシャツとか、ピースマークの服とか、ベルボトムを着てる小学生。一張羅みたいに、いつも着てたもんなぁ。小学校でそんなの俺だけだから、浮いてたけど(笑)。ジーンズの横を切って広げて、毛糸で編み上げにしたり。N:あったねー! それで自転車に乗ったら、すぐチェーンに絡んで汚れて大変だったっていうやつね(笑)。F:そうそう。昔ってベルボトムが流行ってたから、自転車に乗るとチェーンに挟まる挟まる!(笑) 絡まって黒くなっちゃうことが、よくあったな。 ———もし当時SNSがあったら、“オシャレ小学生”として話題になりそうなレベルですね。 F:でも、そんな風にオシャレはしてたんだけど、小学生の頃はモテるどころか、むしろ女の子には敬遠されていたぐらい。要はイケてない子だったんだよ(笑)。やや小太りだったり、走るのも遅いし、勉強もそんなにできないし。N:そうね、スポーツもずば抜けて何かが得意っていうのはなかったもんね(笑)。F:アイドルに憧れて髪を伸ばしてたんだけど、周りはいがぐり坊主しかいない。ある意味、「ちびまる子ちゃん」の花輪くんみたいな感じで浮いてたんだよ(笑)。中学生になるとみんな髪を伸ばし始めたんだけど、なんでも俺は早過ぎたんだよな。とにかく昔から最先端のものが好きだった。で、小学生の最先端といえば、文房具じゃん。新発売の筆箱とか、新しい物をいつも最初に持ってたんだよ。別に金持ちじゃないんだけど、今思うと親が忙しくて面倒をよく見られないから、欲しいものは買い与えてくれてたんじゃないかな。文房具なんて高くもないしさ。で、俺のアンチだった女子たちは、そういうのが鼻についたというのもあったんだと思う。なのに、中学校に入って急にモテ始めた(笑)。なんとなく、人当たりの柔らかさみたいなのがあったのかもしれない。家が美容室だから人の出入りが激しいし、女性ばっかりの環境だから、女性と話し慣れていたというのはあるし。家に帰ると、いつも知らないおばちゃんやお姉さんがいて、「あら、郁弥ちゃん、おかえり」とか可愛がられてたからね(笑)。ゴツゴツした体育会系でもないし、別に「男は男らしく」みたいな育ち方もしていないし、ちょっとユニセックス性があったのかもしれないとも思う。服装も、中学に入った時点ですでに最先端を行ってたんだよ。学校は制服だけど、私服は当時流行ってたVANとかアイビー系を買って着てた。ダウン・タウン・ブギウギ・バンドが流行ったら、すぐにつなぎを買いに行くとか。そのバンドの衣装が、名前の一文字をつなぎに書いてたんだよ。それで俺も胸に「郁」とか書いてた(笑)。N:そうそうそう! 名前の一文字ね、あったね〜(笑)。F:中学の時とかね。いやー、頑張ってオシャレしてたね! 別にモテたいから着るとかじゃないんだよ。純粋に、自分的にかっこいい服やオシャレな服が着たい、売ってないなら作る。そういえば俺、女の子にモテたいと思って何かをしたことは一度もなかったな。好きでやってただけ。尚之は当時、俺のお下がりを着てたぐらいだったよね。N:そう。でも結局俺の方が背が大きくなって、お下がりがだんだん着れなくなってね(笑)。F:そして中1から音楽にハマったから、興味の対象が音楽とファッションになる。そこから俺は急に、アイドルではなくミュージシャン系のファッションにいくんだよ。でも当時はミュージシャンの映像を見る機会がないから、レコードジャケットや雑誌ぐらいの数少ない情報から探すしかなかった。そして、いわゆる不良っぽいミュージシャンのファッションに惹かれるようになっていく。まだ革ジャンは買えないからビニジャン着たりして。でもいわゆる本当の不良、今で言うヤンキーみたいなのとは違うんだよ。 ———バンド系の人は、そういうタイプの不良とは違うのに、大人から見ると一緒くたに混ぜられがちな時代ですね。 F:彼らはパンチパーマでボンタンジーンズ、女性用の白いつっかけサンダルとか履いちゃって。オシャレなファッションというものとは違ってた。N:あの人たちは、靴も普通に履かないで、必ずかかとを潰して履くんだよね(笑)。F:それにしても今思うと、服を買うお金はどうしてたんだろう。まだバイトもできない年齢の頃は、なけなしの金で買ってたのか、それかお袋にねだってたのか、ちょっと覚えてないけど。家は金持ちではないながらも、お袋がまあまあ羽振りがよかったんだろうね。N:なんせ、町に美容室が一軒しかなかったからね。F:多い時は二人ぐらい雇ってたもんね。女性はみんなパーマをかけていたし、お出かけする時の着物の着付けやセットもしてたから。N:しかも、お客さんに昼飯や晩飯まで普通に出してたっていう(笑)。F:誰にでも「食べていかんね!」って(笑)。もう常に人がいて井戸端会議だった。N:そして、周りから野菜や果物が届けられる。みんな勝手に玄関先に置いてってくれるわけ。それを見て「ああ、筍のシーズンになったんだな」みたいな。F:おそらく売り物じゃなくて、野菜がいっぱいできちゃったのを持ってきてくれたんだと思うけどね。いつももらってたから、柿とか筍はお金を出して買ったことないね。N:みかんは箱で買ってたけど、柿なんかはその辺の木にいくらでもなってるし。F:東京に来て、「柿が売ってる!」って驚いたからね(笑)。えーと、何の話からこうなったんだっけ? ———ファッションの話です。いいんです、フリートークですから(笑)。 N:当時、コンバースも出てきた頃でしたね。そこらのスニーカーとは全っ然デザインも値段も違って、そりゃあもう衝撃的でしたよ。F:ハイカットのコンバースね。当時はバッシューと言われてて、実際にバスケ部の友達ぐらいしか履いてなかった。次に、古着にハマっていったと思う。50年代のアメカジにリーゼントスタイル。高校生になった時はすでに、かなりのオシャレさんだった。もうバイトも始めてたから、服は結構持ってたな。N:東京の「クリームソーダ」っぽい、ロックンロールな切り口の店もあったし。あとはボウリングシャツとか。コカ・コーラの制服を手に入れたりね。F:そうそう、流行ったんだよな。俺はペプシしか持ってなかったけど、コカ・コーラなんて入手困難で、着てると従業員から「お前、それどこで手に入れたんだ?」って言われるぐらい。古着屋で服を買ったりもしてた。洒落た古着屋の服は高いから、普通の、倉庫で着物とかも売ってるような店。高校生になってからは、久留米で一番流行ってる洋服屋に入り浸ってた。そこに遊びに行って常連になるのが、久留米の町ではちょっとステイタス的な(笑)。N:一応セレクトショップだったよね。テイストは偏ってはいなくて、でも通好みなアイテムもあるという。髪型は、ある時からリーゼント系ではなくなったよね。F:そう。俺はすでに50sのリーゼントをやめて、いち早くニューウェーブに行っちゃってた。だから、チェッカーズでデビューする時の衣装にも何の抵抗もなかったんだよね。東京に来た時点では、裕二も享も高杢もリーゼント、政治はリーゼントできる髪型ではなかったけど50sだった。クロベエは当時デュラン・デュランが好きで、髪型を真似してたな(笑)。尚之はどうだったっけ?N:俺も、もうその時はリーゼントにはしてなかったな。F:そうだよね。 ———当時、洋楽アーティストのファッションへの影響は大きかったですよね。その後、MTVも出てきましたし。チェッカーズのメンバーは洋楽に触れていたからこそ、衣装以外でも明確な好みや意思をもって自分のスタイルを楽しんでいた印象です。 F:ファッションって、興味ない人は全然ないからね。最近の若いミュージシャンを見ていても、衣装はいいけど私服は無頓着な人ってめちゃくちゃ多い(笑)。まあ興味は人それぞれだから、別にいいんだけどさ。でも俺ね、若い頃は洋服がイケてないミュージシャンが本当に嫌いで、むしろ見た目から入るようなところもあった。それがある時、逆転したんだよね。ソロになってから、だんだんアメリカ西海岸のロックが好きになったんだけど、そこにファッションセンスというものはなかったのよ(笑)。N:もう、とんでもない感じだったよね(笑)。ヒッピーな感じだったり。F:TOTOにしてもイーグルスにしても、Tシャツとジーンズに髭面。オシャレさは皆無(笑)。でも楽曲はすごくいいんだよ。その時に初めて、ミュージシャンに必ずしもファッションは関係ないと思えるようになった。なんならファッションにこだわりすぎてるよりも、ダサいぐらいの方が職人気質でいいんじゃないか?って逆転した時期もあったぐらい。それはそれで極端なんだけど。N:たしかに、その辺りで音楽とファッションがリンクしなくなるっていうのはあったね。例えばジャズ系でも、昔は絶対にスーツと蝶ネクタイで演奏するのが定番だったのが、バップとかフリージャズになると関係なくなってしまう。ロックもそう。ビートルズがああいう髪型やスタイルになって、だんだん崩れて変わっていった。まあ、イギリスはロックやモッズがファッションとしてありましたけど。F:イギリス系のミュージシャンは崩してもオシャレさがあるんだけど、アメリカはそもそもファッションというものがなかったからね。あと、俺的にOKなダサさとダメなダサさっていうのもある。全然洋服にこだわらないミュージシャンでも、すごいなぁと尊敬している人はいるんだよ。それはきっと、生き方がカッコいいからだろうな。 ———フミヤさんはデザイナーのお友達も多いですし、歌詞にもファッションが感じられる描写がよく出てきます。 […]

F-BLOOD SPECIAL INTERVIEW #1

2022年12月16日 FF-Staff 0

100点に近いツアーだったと言える 「F-BLOODって、やっぱりいいよね」そんな言葉が各所から聞こえてきた25周年ツアーが終了。周年ならではの充実のセットリストと、ゆるい兄弟トークで、藤井兄弟とともに観客が思い切り楽しめるステージとなった。最終日を終えてなお「あと何本かやりたかった」と笑顔の二人。そこには、本気で音楽を楽しんでいる人だけが持つ余裕があった。 ●ツアーを振り返って ———F-BLOODの25周年ツアーが大好評のうちに終了しました。5年ぶりのツアーを振り返ってみて、いかがでしたか。 フミヤ(以下F):いいツアーになったよ。全体的に振り返ってみると、100点に近いツアーだったと言えるんじゃないかな。あんなに盛り上がるコンサートに作ったつもりはなかったのに、最終的には予想以上に、めちゃくちゃ盛り上がるコンサートになってたな(笑)。 ———場内はまだ声かけや歌唱は禁止ですが、漏れ出る歓声は多少増えているので、心の解放感というのはあるかもしれません。 F:なるほどね。それは大いに関係あるだろうな!尚之(以下N):今回は最後の最後まで、すごく楽しくやれましたよ。ロケンロー!ですね。ライブというのは、その時だけの内容で、そのクールだけで終わってしまうものなので。もうちょっと本数やりたかったなと思うぐらい。F:16本かぁ。とにかく、あっという間な感じだったな。まだあと5〜6本やりたかったぐらい。まあ、惜しまれつつ終わるのがいいとも言えるんだけど。N:コロナがなかったら、もっと本数が多かったもんね。Positiveツアーでは、全国のライブハウスを細かく回る予定でしたから。F:でも、あの時やってたら「Positive」のアルバムツアーであって、今回の内容にはなっていなかった。そう思うと、結果として25周年のタイミングに当たったことはやっぱりよかったんだな。N:そうだね。予定通りやっていたら、そもそも25周年ツアーはなかった。F:なにより今回は、チケットがすぐ完売したことが本当にありがたかった! バンドのスケジュールとかいろんな調整をしつつ、2020年にやれなかったF-BLOODツアーを復活させようっていうことで開催できた。このメンバーでできたのも、すごくバランスがよかったんだよね。N:そう。アルバムのレコーディングメンバーだし、おかげでいい感じになりました。F:尚之はACTIONやRED PARTYにも入ってもらったから、ステージに一緒に立つのはそれほど久しぶりの感じはしなかったね。ただ、F-BLOODはユニットとして歌うし、俺がコーラスやタンバリンに徹することもあるから、やっぱり別物。N:今もコロナは完全には終わっていないけれど、ようやくほぼ元通りの生活や活動ができるようになってきたじゃないですか。お客さんはまだマスクはしてくれていながらも、だいぶ前のライブ風景に戻りつつある。F:今回はライブハウスではなく座席になったしね。さすがにライブハウスだと、まだ厳しかったと思う。N:それこそACTIONの時なんて、まだまだだったもんね。席も間をひとつ空けて座ってもらってたし、客席がシーンとしててさ。F:そうそう。いやー、あれは本当に慣れなかったなぁ! しょうがないんだけど。 ———それを思うと、今回はマスクはしていても多少の歓声は漏れて聞こえてきていますしね。 F:そうそう。だからやっていて反応も分かるし、こっちもより気持ちよくやれる。N:本当に、やっとここまで来たという感じですね。F:MC、とくに真ん中のトークコーナーも狙い通りで。当初、コンセプトで「ゆるい兄弟」みたいな話をしていたけれど、狙い通りというか、予想以上にゆるくなった(笑)。ゆるむのはトークしかないからね。今回は尚之がかなりしゃべってる。N:内容は事前にはほぼ考えていないので、その時の気分でしゃべっています(笑)。F:F-BLOODは、もうちょっとカッコつけたら、もっと男っぽいんだけど。 ———いつもながら、演奏とMCのギャップが魅力でもありますからね(笑)。Positiveツアーから25周年ツアーになったことで、セットリストもだいぶ変わりました。今回はどういうコンセプトで選曲を? F:セットリストは観客をいざなっていく大切なものだから、いろいろ考えたよ。バラード系もたっぷり聴かせつつ、ロックンロールで盛り上がるブロックもあり。かつ、「Positive」からの曲を程よく入れる必要がある。F-BLOODは、まず尚之の作る曲のよさが前提なんだけど、あえて単純なコード進行が多いんだよ。だからこそ誰が聴いても盛り上がれるし、ノリがよくて身体が動いちゃうような。それがロックンロールの力だったりする。せっかく25周年だし、バランスをいろいろ考えて、飽きずにずっと楽しめるようなセットリストにした。二人で作った作品はF-BLOODだということにしたから、最初のツアーと比べるとだいぶ楽曲が増えたよね。人に提供した曲も含めつつ、4枚のアルバムからなるべくバランスよく入れるようにした。N:ただ、それも簡単じゃないんだよね(笑)。アルバムというのは、その時その時でコンセプトを立てて作っているから、4枚それぞれカラーが違っていて。F:そう。だから意外と「Ants」からは少なくて、「恋するPOWER」と「I LOVE IT!ドーナッツ!」だけ。N:「Ants」はロックンロールじゃなくてロックだからね。ややヘビーなので。F: あとはチェッカーズ曲を入れるバランスも考えたし、楽曲提供した「切れた首飾り」は、一度歌ってみたいと思っていた曲。 ———ツアーのラストである12月24日と25日の昭和女子大学人見記念講堂では、クリスマスということで特別なナンバーがアンコール1曲目に追加となりました。 N:F-BLOODでクリスマスにライブというのは、初めてですよね。F:そうだね。F-BLOODで普通のクリスマスソングをやるのはちょっと違うと思って、だったらLove & Peaceだよねってことで「I have a dream」。クリスマスなのに「違う神を信じ」とか言っちゃってるけどね(笑)。まあ、日本人は無宗教かつ多神教みたいなもんだからいいかなと。クリスマスが終わったら、すぐお正月だし。N:あはは! たしかに。F:何より、今こそ平和を願いたいというのはあるからね。 […]

一足先にツアーを体験!「Special LoveSong ゲネプロ見学」実施決定

2022年12月16日 FF-Staff 0

大人気のFFスペシャル企画「ゲネプロ見学」、Special LoveSongツアーでの実施が決定いたしました!FFメンバー200名様に、ツアー直前に行われるゲネプロ(=本番とまったく同じ内容で行われる最終通しリハーサル)を特別公開いたします。ツアー開始前に、いち早くライブを観ることができ、通常は非公開の現場をご覧いただける貴重なチャンスです。お見逃しなく! 【開催概要】日程:2023年1月27日(金)     ※一日中お時間がとれる方のみ応募可場所:東京近郊(近県の場合あり)人数:FF会員 200名様 ※応募者多数の場合は締切後に抽選を行い、当選者にのみ後日詳細をお知らせいたします。※現地までの交通費・宿泊費などは各自の負担となります。※応募された時点で下記の注意事項にすべて同意したものとみなし、お守りいただけない場合は参加をお断りいたします。あらかじめご了承ください。※本企画は、開催時期の新型コロナウイルス感染症の状況を見据えた予防対策にて、安全にご参加いただけるよう努めてまいります。ご参加のお客様にも事前の体調管理や会場での感染予防対策へのご協力をお願いいたします。 障がいをお持ちの方で参加を希望される方は、12月21日(水)12:00〜17:00 にFFまでご連絡をお願いいたします。TEL番号:0120-114-238 【応募方法】下記の注意事項をお読みいただき、締切日までに応募専用フォームよりご応募ください。お一人様1回のみ有効です。 【注意事項】●複数回の応募や入力間違い等によるフォーム再送は抽選対象外となります。送信前に内容をご確認の上、ご応募ください。●応募後のキャンセルや、当日の急な欠席(体調不良を除く)は厳禁です。また、遅刻や途中退席等には対応いたしかねます。●ご参加は当選されたFF会員ご本人様に限ります。当日は、FF会員証と顔写真付身分証のご提示による本人確認を行います。●開催日(2023年1月27日)の時点で会員期限が切れている場合はご参加いただけません。継続手続きが遅れている方は、早急に手続きをお願いいたします。●当日は現場スタッフの指示に従って行動していただきます。なお、現場の進行状況によりスケジュールが多少前後する場合がありますので、一日中お時間がとれる方のみご応募ください。(終了時間が予定より遅い場合がございます。あらかじめご了承の上、ご応募ください)●当日はお手紙やプレゼント等は一切受け取れません。●当選者へお送りする[ゲネプロ見学に関する情報]や、ご参加後のコンサート内容に関する情報について、周囲への情報漏洩(口頭やメールを含む)、SNS等(comu comuを含む)およびインターネット上へのアップロードは一切禁止です。お守りいただけない場合、今後「ゲネプロ見学」が実施できなくなる可能性がありますのでご注意ください。 【ゲネプロ見学専用フォーム記載事項】※英数は半角で入力。文字化けの原因となるため、機種依存文字・絵文字は使用しないでください。1.会員番号(数字6桁/例:099999)2.お名前(漢字/例:山田花子)3.お名前フリガナ(カタカナ/例:ヤマダハナコ)4.ご住所(都道府県から)5.電話番号(固定電話がない方は携帯番号を入力)6.携帯番号(携帯電話がない方は当日連絡がつく連絡先・電話番号を入力)7.ご職業8.会員サイトログイン用Email 【ゲネプロ見学応募専用フォーム】専用フォームはこちらから 【締切】2022年12月22日(木)23:59必着 【当選発表方法】当選者へは、2023年1月11日(水)までにFFの[会員サイトログイン用Email]へ「当選通知」をお送りいたします。通知送信アドレス:ff@ffm.co.jp  ※「当選通知」は会員サイト内「Mail Box」には表示されません。 ●受信制限をされている方は、[@ffm.co.jp]からのメールを受信できるよう、ドメイン設定や上記の「通知送信アドレス」の指定受信設定をしてお待ちください。●抽選結果に関するお問い合わせには一切お答えできません。また、当選者以外の方から「通知送信アドレス」にご連絡いただいても返信いたしかねます。ご了承ください。●毎月10日前後にお送りしているFFスタッフからの「月例メール」が届いていない方は、当選メールを受信できない場合があります。月例メール未着の方はお問い合わせフォームよりご連絡ください。(月例メール配信日は会員サイト内「Mail Box」よりご確認いただけます)

FF INFORMATION

2022年12月16日 FF-Staff 0

■F-BLOODクリスマス公演、ライブ配信決定! 「F-BLOOD 25th Anniversary TOUR 2022」追加公演最終日となる12/25(日)、ライブ配信が決定しました。貴重なクリスマス公演の模様を、全国でリアルタイムにお楽しみいただけます。詳しくは下記URLよりご確認ください。今年のクリスマスは、藤井兄弟とご一緒に! https://www.fumiyafujii.net/info/2022/12/15/6444 ■40周年ツアー優先予約は3月号で! 今年の還暦に続き、2023年はフミヤのデビュー40周年ということで、HAPPYなアニバーサリーイヤーが続きます。40周年ツアーのFF優先予約は、次号3月号会報にて実施予定です。会員更新時期にあたる方は、どうぞ継続手続きをお忘れなく。来年もご一緒に楽しみましょう! ■冊子会報「FFF VOL.111→114」発送しました 1年分をまとめた冊子会報「FFF VOL.111→114」を、12/16(金)に発送いたしました。こちらはWeb会報FFF VOL.111(2021/12月発行) 〜 VOL.114(2022/9月発行)より、メインページを中心に新規ページを追加し再編集した年1回発行の冊子会報誌となります。どうぞお手元でじっくりお楽しみください!また、「クリスマスカード」や「2022年入会・継続特典」のほか、対象の会員様へは周年特典(3・5・10・15・20・25年目の方)も同封していますので、合わせてご確認ください。 <発送対象者> 会員期限:2022/12/31以降の方(※)※2022/11/11以降に新規入会手続きをされた方は、今号は発送対象外となりますのでWeb会報をご覧ください。次号の2023/12月発行分よりお送りいたします。 ◆◆必ずお読みください◆◆ 1)配達状況により、お届けに数日かかる場合がございます。2)郵便局の[不在票]が入っていた場合、早急に再配達をご依頼ください(不在票が他の郵便物や投函チラシに紛れていることがありますので、ご注意ください)。一定期間内に引き取りがない場合やファンクラブの登録情報と異なる場合(登録間違い、転居等)、ファンクラブに返送されます。2022年内に届かなかった方は、指定の受付期間にご連絡ください。3)転居等により11月以降に住所変更された方は、必ず郵便局に[転居届]をお出しください。なお、発送準備の都合上、変更前のご住所へ発送される場合があります。4)下記の場合は再発送料をお客様にご負担いただきます。 ・[不在票]の再配達依頼をしないまま郵便局での保管期間が過ぎ、ファンクラブへ返送された場合 ・住所の登録間違いや転居等により、転居先不明でファンクラブへ返送された場合 <会報誌が届かない方は・・・>電話またはお問い合わせ専用フォームより、下記期間内にご連絡ください。期間外のご連絡には対応できません。あらかじめご了承ください。*電話[FF]:0120-114-238 受付日時:2023/1/6(金)、1/11(水)、1/13(金)、1/18(水)  12:00〜17:00*お問い合わせ専用フォーム:2023/1/1(日)0:00〜1/18(水)17:00まで ※フォームよりご連絡いただいた方は、1/6(金)以降、FFスタッフよりお電話を差し上げた上で対応いたします。 ■「水色と空色」シングル・アルバムともに絶賛発売中! デジタル短編映画「半透明なふたり」主題歌のシングル「水色と空色」と、12編の恋愛小説のようなアルバム『水色と空色』は、大手CD店オンラインショップや通信販売サイトにて絶賛発売中です! シングル「水色と空色」品番:XQNA-1005価格:1,320円(税込) <購入サイトのご案内>【CD盤】AmazonTOWER RECORDSオンラインショップHMV&BOOKS online楽天ブックス アルバム「水色と空色」品番:XQNA-1006価格:3,300円(税込) […]

FF SPECIAL INTERVIEW

2022年12月16日 FF-Staff 0

ずっと、ラブソングと生きてきたんだよね 2022年、十音楽団に還暦ライブRED PARTY、そしてF-BLOODと、さまざまなステージで魅了してくれたフミヤ。シングル&アルバム『水色と空色』の発売もあり、ファンとともに充実の一年を駆け抜けてきた。その感動と興奮も冷めやらぬうちに、デビュー40周年の2023年がやってくる。F-BLOODツアー進行中のフミヤに、近況そして次なる「Special LoveSong」ツアーについて語ってもらった。 ●思い描いていた“ゆるい兄弟”が実現 〜F-BLOOD 25th Anniversary TOUR 2022〜 ———F-BLOODツアーも終盤に入りました。 F:コロナで延期になっていたツアーがようやくできて、本当によかった。当初、“ゆるい藤井兄弟”的な雰囲気でやりたいって言ってたじゃん。でも、いざ候補曲を並べてセットリストを作っていったら、内容的には全然ゆるくなかった(笑)。まあ、ライブとMCのギャップがあってもいいというか、F-BLOODってそういうもんだなと。ゆるめのMCコーナーを中盤に入れる想定をしていたんだけど、何公演かやるうちに最初のMCから尚之がどんどんしゃべり出して、ことのほか長くなってきた(笑)。結果として、俺が思い描いていた“ゆるい藤井兄弟”という形になったんだよ。フロントが二人だから俺もリラックスできるし、やってて楽しい。みんなには、演奏でもMCでも楽しんでもらえればいいなと。 ———MCは客席の皆さんも毎回楽しみにされているようです。あと、今回は座席がある分、よりしっかりと楽曲やステージ全体像を味わうことができますね。 F:そうだね。スタンディングはスタンディングにしかない勢いがあっていいんだけど、今回は、よりコンサートらしい感じで味わってもらえていると思う。俺はユニットとして、それぞれの役割とバランスを大事にしてる。例えば間奏は尚之がサックスを吹いたりする見せ場だから、俺はあんまり目立たないようにしたり。もちろん曲によってはコーラスやタンバリンに徹する。ちなみに俺のタンバリンは、ただのお飾りじゃなく、曲に必要な本気のパーカッションとして演奏してるからね(笑)。引き続き、最後までいいステージを届けていくよ。 ———12月25日の公演はライブ配信も決定したので、ぜひ全国からご覧いただきたいですね。会報では、後日あらためて兄弟お二人でのインタビューもさせていただきます。 ●聴き込んでからツアーに来てほしい 〜アルバム『水色と空色』〜 ———11月にソロアルバム『水色と空色』がリリースされ、こちらも好評です。 F:俺の場合、comu comuでみんなの感想や反応を直接知ることができるのが、ありがたいし面白い。今回のアルバムはスタンダードなラブソングかつポップスだから、すごく聴きやすいと思うよ。聴けば聴くほど浸透するから、ぜひ聴き込んでからツアーに来てほしいね。前の「大人ロック」や「フジイロック」は、より“藤井フミヤのアルバム”という意識が強かった。でも今回は自分自身の等身大を表現するというよりも、プロデューサー的に、それぞれの曲がベストな形になるように歌い手や登場人物を想定して作った。だから歌い方に関しても、作品の魅力を伝えるために、いかに綺麗な声で歌えるか?と考えたんだよ。俺の声をいろんな調理法にアレンジしてみた感じ。目の前にある鯛を、焼き魚にするのかクリームパスタにするのか、みたいな(笑)。いろんな楽曲を通して、藤井フミヤの歌声を楽しんでもらえればと。実は音楽というのは、ビジュアルを見ずに音や歌を聴いただけでは、どんな人が演奏したり歌っているか分からない。だから意外と年齢があんまり関係ないんだよ。とくにオペラ歌手なんて声だけで年齢は分からないし、実際に舞台でも若い日から晩年まで演じたりするじゃん。さらに楽器だけなら、演奏者が若者だろうがおじさんだろうが分からない。ポップスもそういう扱いになればいいのにと思うよ。まあ、アイドル系はどうしてもビジュアル重視だけどね。 ———たしかに、昔は最新の人気アーティストを見たり知ったりするのは主に歌番組や雑誌で、ビジュアルが切り離せませんでした。時代とともにメディアもアーティストのあり方も変化し、多様化しています。 F:音楽が配信になったり、YouTubeが出てきたことが大きな変化だよね。今はもうサブスクが主流で、たまたま耳にした曲がいいなと思ったら気軽に聴くことができる。だから今の時代、何がどの年代に響くか、何がきっかけで耳に届くかは読めないんだよ。それこそ、20代の子が俺の曲に出会うこともあるし。だから、今回のアルバムでいろんな世代の主人公を描いたことは、結果として現代の音楽の聴き方に合っていたとも言えるかも。もちろん俺のメインのファン層は40代50代が多いけど、別にラブソングって特定の年代に向けて書くものではないからね。恋愛で感じることは年齢を問わず共通するし、初々しい気持ちを歌ったものが響いたりもする。俺が還暦だからって、人生や哲学的な歌ばっかり歌うのも違うしさ(笑)。とにかくいろんなタイプの曲があるから、いろんな人に届けばいいなと思ってるよ。アルバムもツアーも。 ●ぜひカップルでも来てほしい 〜CONCERT TOUR […]

彩事季 ー 幸福の輪

2022年12月16日 FF-Staff 0

「幸福の輪」 12月になると、街も人も賑やかになり、時間が忙しなく流れてゆく。街を歩けば、老若男女たくさんの人とすれ違う。交差点で立ち止まり周りを見渡すと、どこを見ても人・人・人・・・。何をしている人なのだろう? どこへ向かっているのだろう? みんな、何らかの目的に向かって歩いている。それぞれに帰る家があり、部屋にはいろいろな持ち物があり、故郷や実家があり、職場や学校があり、親や親戚、友人や恋人や同僚がいたりする。みんなが今という同じ時代を生きている。100年経てば、ここにいる人たちはほぼ誰もいない。命は常に入れ替わってゆく。でもきっとこの場所には、100年後も同じような光景があるのだろう。 ふと、ここにいる人たちは、みんな愛の結晶なのだなぁと思う。男と女が偶然に出会い、惹かれ合い、逢瀬を重ね、やがて同じ屋根の下で暮らし、心と身体が結ばれ合い、授かった愛の結晶。この人もあの人も、親が愛し合い、その結果生まれた命。地球は愛の結晶だらけの星だ。 人は生まれた時、大なり小なり幸福の輪の中心人物となる。産着を着せられた赤子が若い両親に交互に抱かれ、兄や姉がいれば、弟妹ができたと抱っこされる。祖父母や親戚や友人たちも、その子の顔を見にはるばるやってきただろう。贈り物をもらったりもしただろう。一人の誕生を周りの人が喜び、祝い、その子を中心に輪ができたはずだ。 自分もそうだったに違いない。とくに長男で初めての子供だったから、両親は大層喜んだことだろう。どれほどの人が喜び祝ってくれたのかなんて、もちろん記憶にはないが、想像することはできる。自分を取り巻く環境、そこに広がる幸福の輪。輪の中心にいる光のような赤子は間違いなく自分。まるでキリスト生誕を描いた絵画のように、生まれたばかりの自分のところにいろいろな人が集まってきたのだろう。 新しい命が生まれると、未知なるパワーが誕生し、そこから運命の歯車が回り始める。まるでビッグバンのように、“無”から突然、“ひとりの人間”としての人生が始まる。人生は常に、人と人との出会いでできている。人との繋がりが物語のように続いてゆく。時には人生にもみくちゃにされ、社会や世界には大変なことも起き、生きるだけでくたくたに疲れたりもする。それでも今この瞬間、またどこかで新しい命が誕生している。そこに新たな幸福の輪が広がり、たくさんの人を笑顔にしているはずだ。 人は、最初から幸福の輪の中にいる。その輪が大きくなったり小さくなったりしながら生きてゆく。やがて家族や知人に惜しまれながら、輪の中で永眠につく。今の自分を取り巻く幸福の輪は、ありがたいことに、とても大きい。